2014年03月13日

東日本大震災から3年経って思うこと。

以下、フェイスブックに投稿したことですが、あちらは時とともに流れていってしまうためブログにも書いておきます。

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 あの地震から三年が経過した。日本をまるごと飲みこんだと言っても過言ではないあの地震。津波。
地震が起きて約1カ月たったころから仲間たちに連れられるようにして何度か東北へ足を運んだ。そして子どもたちに絵本を読んだり、被災された方々のお話を伺ったりした。
しかし、常に意識の中にあったのは次のようなことだった。

 なにか、少しでも役立つことがしたい。だけど自分にできることが果たしてあるのだろうか。
自分のような何のとりえもない人間に、何ができるのだろう。
自分がお金をかけて行くくらいなら、どこかに寄付すべきなんじゃないだろうか。
安易に行くのは、被災された方々の心に土足で踏み込むようなことになってしまうのではないだろうか。

そうした逡巡する気持ちを抱えたまま、東北へ行っていた。いや、今でもそうした気持ちは抱えたまま行っている。
でも、行けばいつでも会う人会う人が感謝の気持ちを伝えてくれる。子どもたちは「また来てね」と言う。
行く回数を重ねるごとに町も変わってくる。がれきの山だったところが更地になり、道ができ、商店ができる。町全体を覆っていた陰鬱な空気もどこかへ行って、まさに復興への息吹を感じられるようになった。

しかし、まだまだだ。依然として行方不明の人がいる。これからの町の在り方が決められないでいる。原発の問題も収束できるのかどうかすら分からない。

報道も昨日ばかりは被災地のことを取り上げたけれど、名古屋では普段被災地のことを目や耳にすることは実に少ない。

だから今になってやっと、自身が被災地へ行くことの意義が見出せるようになってきた。

現地のことを自分の言葉で、少なくとも、自分に近しい人には伝えよう。
そして、震災直後のあの逡巡した気持ちを忘れないでいよう。
意味があるのかは分からない。だけど、できることをできるだけ、動けるだけ動いてみよう。

単なる自己満足だと、批判があるかもしれない。

だけど、また行きます。

ずっと行きます。
posted by パパ社労士 at 15:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

第三子誕生!!-3

あわてて分娩台へ向かうと妻がつらそうにしていました。
陣痛の間隔がかなり狭まってきている様子。

「どう、生みたい?いけそう?」
と助産師さんが声をかけると、妻は首を縦に振り陣痛がくるのに
合わせていきみます。

そうして何度もいきむのですがなかなか生まれてこない。
それから結局1時間くらい、頑張っていました。

すると今度はだんだんお腹の赤ちゃんの心拍数が下がってきました。
助産師さんが医師を呼びます。

頭は見えるところまできているのですが、どうも産道が狭いのか
赤ちゃんが出あぐねているようでした。

医師がやってきて「横井さん、少し切って赤ちゃんが出てきやすくするね。
赤ちゃん、ちょっとしんどそうだし。いいね?」
妻は首だけ縦に振ります。
「よし、切りま・・・。あっ、いけそういけそう!!
 横井さん、がんばっていきんで!!」

そして・・・。
騒々しい分娩室にかわいいかわいい泣き声がこだましました!!

1月17日(金)5時50分 三男誕生!!!!

妻の必死な頑張りと三男のこれでもかという元気な泣き声に思わずほろりと来て
しまいました。
かけがえのないこの瞬間に立ち会えたこと、本当にうれしく思いました。

また普段、長男や次男にいらいらして怒ってしまうこともしばしばあるのですが、
三男の誕生とともに、彼らの誕生したときのことを思い出すと、あんまり怒って
てはいかんなあと、思いました。
元気で生まれてくれたことへの感謝の気持ちがどこに行っちゃうんですよね。日常では。

そうしたことを考えさせてくれた三男に感謝しつつ、日常もできるだけ笑顔でいたいなあ。

VIVA! 家族!!
posted by パパ社労士 at 05:18| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする