2011年12月15日

フルマラソン体験記-4

走り始めてから3時間を超えた。
気持ちとしては走っていたが、早歩きしている人より遅いかもしれない。
走っている体裁をかろうじてとっている状態。
左すねがとにかく痛い。
足の裏も痛い。
着地の瞬間、激痛が走る。
できる限り衝撃をあたえないよう気をつけながら着地すると、その意識がすねを無駄に緊張させてさらに痛みが襲ってくる。
とにかく右の次は左、左の次は右と全く言うことを聞かない足を気力で前に出す。
河口湖に映る美しい富士山も紅葉した木々も、今はただ単調なつまらない風景にしか見えない。
いや、風景としてすら認識していなかったかもしれない。
ただただ気だるそうに後ろに流れる鈍い色たち。

エイドステーションでは、チョコやスナックなど何かよくわからないままつかんでは口に放りいれた。
しばらく手に持って食べながら走る。
しかしエネルギーを体は欲しているのに、あごを動かすのが億劫になる。
舌でチョコを溶かすことさえもしたくない。
体が訴える矛盾に答える気すら起きず、歩かずに足を前に出すことだけを考えているうちに、手のチョコたちは消えていた。

コース沿いで応援する人たちがたくさんいる。
「よくがんばった!ここが一番つらいところだ!だいじょうぶだ!がんばれ!」
なぜか泣けてきた。
ゴールでは家族が待っているはずだ。
必ず走りきってゴールしてやる。

35キロ地点。
時計は3時間35分を示していた。
5キロ31分どころか、38分もかかっている。
そして残り約1時間で7キロを走らなければ目標タイムの4時間30分をクリアすることはできない。
60分を7で割ると、キロ8分と、ええと、一体何秒だ。
考えることにエネルギーも使えないほどに疲れているのか。
まあいい。
7キロ1時間なら歩くスピードと変わらない。
余裕でゴールできるはずだ。

そうは言っても、腕は上がらない。
あごも上がらない。
足も上がらない。
身体のすべての部位が音を上げている。
脳のいうことをきく部位はひとつもない。
もしかしたら脳すらいうことをきいてはいないのかもしれない。

ただ、たましいとか、せいしんとか、そういったたぐいのものが、だせいで、まえに、すすめ、させる。

トマルナ。
アルクナ。
マエヘタオレナイヨウニ、トニカクアシヲマエヘダセ。

あるきたいあるきたいあるきたい。
アルクナアルクナアルクナ。

もう何も考えられない。
40キロ地点の標識を見て「ああ、あと2キロか」とだけ思う。
それだけ。
右左右左と決してテンポはよくないが確実に前に足を運ぶ。

ゴールのゲートが見えてきた。
すぐ目の前には、片足をひきずって歩いている人がいる。
自分はその人とほぼ同じペースだ。
でも自分は歩かない。
歩きたいけど絶対に歩かないと決めたのだ。
最後の力を振り絞ってでも歩いているその人を抜くことはできなかったが、自分は間違いなく走りきった。
最後まで走り切ったと胸を張って言える。

そしてその人が先にゴールゲートをくぐり、それから自分がゴールゲートをくぐる。
「ふう」とだけつぶやいた。
やっと歩ける。
歩くともう左足はひきずるしかない。
それぐらい痛みがひどかった。
でも、ゴールは誰にでもあたりまえにやってくるものなのだ。
自分が走ることが好きになったのは、そのことが確認できるからなのかもしれない。

次に時計を見る。

4時間35分。

目標タイムを切ることはできなかった。
悔しい思いと歩かずに走れた喜びが、汗とほこりにまみれた体に静かに沁み渡った。

そして周りのギャラリーを見渡す。
ぐるりと見渡す。
いない。
あれが息子か?と思ってみても違う。

そこで荷物を取ってきて妻に電話してみた。
数コールして妻が出る。


「あ、ゴールしたの?
 ごっめーん!
 ゴールに間に合わんかったわ!!」


マラソンはひたすらに自分自身との戦いなのだと、その瞬間知った。


 〜 完 〜
posted by おすし at 15:50| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やはりフルはかなり手強そうですね。でもいろんなストーリーが待っているようで、僕も一度は経験してみたいです。
Posted by 流 at 2011年12月16日 15:57
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