2016年10月12日

パパ育日記201604号

※以下は愛知県教育振興会発行の「子とともに ゆう&ゆう2016年4月号」に掲載された記事と同じ内容です。

 長男8歳、次男5歳、三男2歳、男ばかりのドタバタなパパ育日記、始まります!
 保育園、学童へのお迎えは妻の方が帰宅が遅いので基本的に私が担当しています。このお迎えから帰宅までが実に大変。
 まず保育園に迎えに行ってから学童に向かうのですが、諸事情により保育園から学童まで車で20分かかるため、その道中で保育園での昼寝がなくなった次男が大抵寝てしまう。
 長男を迎えに行ったあと、場合によっては晩ごはんの買い出しにスーパーに寄るのですが、まず寝てしまった次男の取り扱いに困ります。起こすか?いや、起こしてぐずられるのも大変だ。じゃあ寝かせたままベビーカーに乗せるか?そうしたら2歳の三男はどうする?と頭の中で色々シミュレーションするのですが大体は「よし、次男は抱っこしてハイスピードショッピングだ!」ということになります。約20キロの幼児をかつぎ、次は三男。
もう三男は、ショッピングカートに乗ってもらうしか手段がありません。そのとき心で願うことはただ一つ。
「頼むからおとなしく座っててくれ」
初っ端からショッピングカートに乗るのを嫌がられると、そこで買い物は終了・・・。ですのでこの願いはドラゴンボールを七つ集めて叶えたいくらいかなり切実なものです。
無事座ってくれたとしても、いつ降りたいと言い出すか分からない。よし、今日はスーパーウルトラハイスピードショッピングで勝負だ、と思っていると長男が
「お父さん、おしっこ〜」
 なぬ〜。お、お父さんでも20キロはいつまでも抱っこしていられないぞ。よし、急いでおしっこしておいで、トイレはそこだ。ここで待っているから。
 そうして本当に猛ダッシュで買い物を済ませ(お菓子コーナー付近への接近を避けたのは言うまでもない)、なんとか自宅に到着。
 でも自宅に帰ってからも大変。保育園の荷物、自身の荷物、買い物、よちよちの三男、そして成長は嬉しいけれどやたらと重たくなった次男を家の中に運び込まなければなりません。もちろん、長男に手伝ってもらうのですが、車と家とを最低2回は行ったり来たりして搬入完了。
 家に入ってからも、暴れる怪獣たちを横目に晩ごはんの支度。晩ごはんの支度中にも色々と事件は発生していて「事件は現場で起きている」を実感しながら、なんとか晩ごはんができる頃に妻が帰宅して、ほっとする。
 子育ては力仕事ということを実感している毎日。読んでくれたお父さん、どうか早く帰ってあげてください。

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posted by パパ社労士 at 11:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

親の心、子知らず

家族のごはんを担っている者として大事にしていることが二つある。

一つは、できるだけ自分が説明できないものが入っているものを使って料理しないということ。
和えるだけ、炒めるだけのような調味料は使わない。ただ時間の都合もあって、鶏がらスープやカツオ出汁の粉末等は使っちゃうけど。

二つ目は、これが一番大事にしていることなんだけど、それはできるだけ毎日家族で食卓を囲むということ。子どもが小さいうちはご飯を食べさせるのも一苦労。大人一人ではなかなか落ち着いて食べられない。様々な食材をゆっくり味わって楽しく食事するためには家族全員で食べるのが一番。楽しい食卓こそが、料理にとって最高のスパイスになる。そして会話も弾んで家族のことがよく分かるようになる。

そんな僕のごはん理念に基づいて育ってきた長男。
先日授業参観に行ったら、子ども自身の似顔絵が教室の後ろに飾ってあってその横にはいくつかの自己紹介文が書いてあり、好きな食べ物の項目にはこう書いてあった。

「カップラーメン」

おい!
お父さん、いじけちゃうぞ!!!
posted by パパ社労士 at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

男の子三人の父親の心境(毎日)

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2015年03月11日

堂々巡りの気持ち

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(平成27年3月6日の福島県の海)

東日本大震災から丸四年が経った。
あれから何度と被災地に行っているから、復興へ着々と歩みを進めていることがよく分かる。
町が町としての賑わいを取り戻しつつある。
子どもたちの表情も明るい。

だけれども、まだまだだ。
がれきの山から更地に変わったけれど、更地は更地のままだ。

僕は自分のこととして、あの町々が輝きを取り戻す様を見届けなければならない。
地続きの、わが町。
被災地の子どもたちが笑っていなければ、自分たちの子どもも笑っていられるはずがない。
あの町々を置き去りにして、自分たちと子どもたちの明るい未来を想像することはできない。

僕がしていることといえば、被災地に行って子どもたちに絵本を読むことだけだ。
それになんの意味があるか分からない。
いや、物語の持つ力を信じているし、笑うことの意味も知っている。
だけどそういうことを伝えたいような、そうじゃないような。
ただ子どもたちと戯れたい、そういう気持ちが一番強いのかもしれない。

自分がしていることなど独りよがりなのかもしれないと、いつも心の底で思っている。

だけど、どうしても行かずにはいられないんだ。
posted by パパ社労士 at 14:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

限りなく直線の妻

僕の妻は、限りなく直線だ。
限りなく真っ直ぐだ。

こうするとこうだからこうとか、ああしたらああだからああとかそういう雑念がほとんどない。
すべては本能の判断に任されている。

なんとなくもない。
なんとなく何かをしてみるとか、なんとなく食べてみるとか、なんとなく笑ってみるとかそういうものが全くない。

圧倒的な正当性でもって、行動がなされる。

揺るぎない衝動で後悔する間も無く次の行動に移ったり、眠ったり起きなかったりする。

チョロQみたいにびゅーっと突き進み、止まる。
チョロQみたいにびゅーっと突き進み、止まる。

それの繰り返し。

そんな妻を僕は追いかけたり、追い抜いたりする。
そして待っていたら追い抜かれたりする。
真っ直ぐだと思っていたら微妙な誤差でとんでもないところに行ってしまった妻を、おいそっちに行くのかよ、と思いながら軌道修正してみたりする。

それでも妻は真っ直ぐ進む。
限りなく真っ直ぐな道。
直線な道。
posted by パパ社労士 at 20:31| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月20日

ボロネーゼ!

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昨日の晩ごはんは、ボロネーゼ!
基本的にビール派なんですが、ベルギーで賞を取ったとかなんとかって書いてあったので発泡酒を買ってみましたが、これがうまい!!!コリアンダーとオレンジの香りがたまらん!!
posted by パパ社労士 at 11:58| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月14日

昨日の晩ごはん

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昨日の晩ごはんは、あさりのトマトパスタ、サバの香味トマトチーズホイル焼きと、写真にはないけど大好きなパン屋ポルカのバゲット。

サバとトマトの相性の良さに驚きました!
また作ろうっと。

※晩ごはんアップはFBでは以前からずっとやってましたが、今後はブログでも少しずつアップしていきます。
posted by パパ社労士 at 15:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

2014年07月31日

家族で食卓を囲むということ

子どもと日頃向き合っていると、本当に自分自身の未熟さを痛感する。兄弟げんかの着地点は見つけてやれないし、わがままに思わずいらいらしてしまうし、伝えたいこともしっかりと伝えられているか自信がない。だけれども、それと同時に子どもと共に成長していけるような気もする。
子どもに恵まれたから見ることのできる景色がある。子どもの頃に抱いていたはずの忘れてはいけない何かを思い出すこともある。

家族で食卓を囲むことの尊さは、実際に妻や子どもたちと食卓を囲む中で感じた。その原点は子どもの頃に抱いていた家族で食卓を囲めない寂しさだった。

政治の場でもビジネスの場でも、大事な話はみな食事を伴う。つまり、食事を共にするという行為がお互いをよく知るために重要だということを、人は感覚的に、また経験的に知っている。
ならば家族で食卓を囲むことは何より重要で、家族で食卓を囲めるということは何よりも尊いものだと思うのだ。

様々な気付きを与えてくれる子どもたちと、そんな子どもたちを産んでくれた妻に感謝しつつ、食卓を家族で囲む妻の誕生日!!

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posted by パパ社労士 at 15:14| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

東日本大震災から3年経って思うこと。

以下、フェイスブックに投稿したことですが、あちらは時とともに流れていってしまうためブログにも書いておきます。

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 あの地震から三年が経過した。日本をまるごと飲みこんだと言っても過言ではないあの地震。津波。
地震が起きて約1カ月たったころから仲間たちに連れられるようにして何度か東北へ足を運んだ。そして子どもたちに絵本を読んだり、被災された方々のお話を伺ったりした。
しかし、常に意識の中にあったのは次のようなことだった。

 なにか、少しでも役立つことがしたい。だけど自分にできることが果たしてあるのだろうか。
自分のような何のとりえもない人間に、何ができるのだろう。
自分がお金をかけて行くくらいなら、どこかに寄付すべきなんじゃないだろうか。
安易に行くのは、被災された方々の心に土足で踏み込むようなことになってしまうのではないだろうか。

そうした逡巡する気持ちを抱えたまま、東北へ行っていた。いや、今でもそうした気持ちは抱えたまま行っている。
でも、行けばいつでも会う人会う人が感謝の気持ちを伝えてくれる。子どもたちは「また来てね」と言う。
行く回数を重ねるごとに町も変わってくる。がれきの山だったところが更地になり、道ができ、商店ができる。町全体を覆っていた陰鬱な空気もどこかへ行って、まさに復興への息吹を感じられるようになった。

しかし、まだまだだ。依然として行方不明の人がいる。これからの町の在り方が決められないでいる。原発の問題も収束できるのかどうかすら分からない。

報道も昨日ばかりは被災地のことを取り上げたけれど、名古屋では普段被災地のことを目や耳にすることは実に少ない。

だから今になってやっと、自身が被災地へ行くことの意義が見出せるようになってきた。

現地のことを自分の言葉で、少なくとも、自分に近しい人には伝えよう。
そして、震災直後のあの逡巡した気持ちを忘れないでいよう。
意味があるのかは分からない。だけど、できることをできるだけ、動けるだけ動いてみよう。

単なる自己満足だと、批判があるかもしれない。

だけど、また行きます。

ずっと行きます。
posted by パパ社労士 at 15:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする