2014年11月20日

ボロネーゼ!

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昨日の晩ごはんは、ボロネーゼ!
基本的にビール派なんですが、ベルギーで賞を取ったとかなんとかって書いてあったので発泡酒を買ってみましたが、これがうまい!!!コリアンダーとオレンジの香りがたまらん!!
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2014年11月14日

昨日の晩ごはん

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昨日の晩ごはんは、あさりのトマトパスタ、サバの香味トマトチーズホイル焼きと、写真にはないけど大好きなパン屋ポルカのバゲット。

サバとトマトの相性の良さに驚きました!
また作ろうっと。

※晩ごはんアップはFBでは以前からずっとやってましたが、今後はブログでも少しずつアップしていきます。
posted by パパ社労士 at 15:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

2014年07月31日

家族で食卓を囲むということ

子どもと日頃向き合っていると、本当に自分自身の未熟さを痛感する。兄弟げんかの着地点は見つけてやれないし、わがままに思わずいらいらしてしまうし、伝えたいこともしっかりと伝えられているか自信がない。だけれども、それと同時に子どもと共に成長していけるような気もする。
子どもに恵まれたから見ることのできる景色がある。子どもの頃に抱いていたはずの忘れてはいけない何かを思い出すこともある。

家族で食卓を囲むことの尊さは、実際に妻や子どもたちと食卓を囲む中で感じた。その原点は子どもの頃に抱いていた家族で食卓を囲めない寂しさだった。

政治の場でもビジネスの場でも、大事な話はみな食事を伴う。つまり、食事を共にするという行為がお互いをよく知るために重要だということを、人は感覚的に、また経験的に知っている。
ならば家族で食卓を囲むことは何より重要で、家族で食卓を囲めるということは何よりも尊いものだと思うのだ。

様々な気付きを与えてくれる子どもたちと、そんな子どもたちを産んでくれた妻に感謝しつつ、食卓を家族で囲む妻の誕生日!!

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2014年03月13日

東日本大震災から3年経って思うこと。

以下、フェイスブックに投稿したことですが、あちらは時とともに流れていってしまうためブログにも書いておきます。

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 あの地震から三年が経過した。日本をまるごと飲みこんだと言っても過言ではないあの地震。津波。
地震が起きて約1カ月たったころから仲間たちに連れられるようにして何度か東北へ足を運んだ。そして子どもたちに絵本を読んだり、被災された方々のお話を伺ったりした。
しかし、常に意識の中にあったのは次のようなことだった。

 なにか、少しでも役立つことがしたい。だけど自分にできることが果たしてあるのだろうか。
自分のような何のとりえもない人間に、何ができるのだろう。
自分がお金をかけて行くくらいなら、どこかに寄付すべきなんじゃないだろうか。
安易に行くのは、被災された方々の心に土足で踏み込むようなことになってしまうのではないだろうか。

そうした逡巡する気持ちを抱えたまま、東北へ行っていた。いや、今でもそうした気持ちは抱えたまま行っている。
でも、行けばいつでも会う人会う人が感謝の気持ちを伝えてくれる。子どもたちは「また来てね」と言う。
行く回数を重ねるごとに町も変わってくる。がれきの山だったところが更地になり、道ができ、商店ができる。町全体を覆っていた陰鬱な空気もどこかへ行って、まさに復興への息吹を感じられるようになった。

しかし、まだまだだ。依然として行方不明の人がいる。これからの町の在り方が決められないでいる。原発の問題も収束できるのかどうかすら分からない。

報道も昨日ばかりは被災地のことを取り上げたけれど、名古屋では普段被災地のことを目や耳にすることは実に少ない。

だから今になってやっと、自身が被災地へ行くことの意義が見出せるようになってきた。

現地のことを自分の言葉で、少なくとも、自分に近しい人には伝えよう。
そして、震災直後のあの逡巡した気持ちを忘れないでいよう。
意味があるのかは分からない。だけど、できることをできるだけ、動けるだけ動いてみよう。

単なる自己満足だと、批判があるかもしれない。

だけど、また行きます。

ずっと行きます。
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2014年03月11日

第三子誕生!!-3

あわてて分娩台へ向かうと妻がつらそうにしていました。
陣痛の間隔がかなり狭まってきている様子。

「どう、生みたい?いけそう?」
と助産師さんが声をかけると、妻は首を縦に振り陣痛がくるのに
合わせていきみます。

そうして何度もいきむのですがなかなか生まれてこない。
それから結局1時間くらい、頑張っていました。

すると今度はだんだんお腹の赤ちゃんの心拍数が下がってきました。
助産師さんが医師を呼びます。

頭は見えるところまできているのですが、どうも産道が狭いのか
赤ちゃんが出あぐねているようでした。

医師がやってきて「横井さん、少し切って赤ちゃんが出てきやすくするね。
赤ちゃん、ちょっとしんどそうだし。いいね?」
妻は首だけ縦に振ります。
「よし、切りま・・・。あっ、いけそういけそう!!
 横井さん、がんばっていきんで!!」

そして・・・。
騒々しい分娩室にかわいいかわいい泣き声がこだましました!!

1月17日(金)5時50分 三男誕生!!!!

妻の必死な頑張りと三男のこれでもかという元気な泣き声に思わずほろりと来て
しまいました。
かけがえのないこの瞬間に立ち会えたこと、本当にうれしく思いました。

また普段、長男や次男にいらいらして怒ってしまうこともしばしばあるのですが、
三男の誕生とともに、彼らの誕生したときのことを思い出すと、あんまり怒って
てはいかんなあと、思いました。
元気で生まれてくれたことへの感謝の気持ちがどこに行っちゃうんですよね。日常では。

そうしたことを考えさせてくれた三男に感謝しつつ、日常もできるだけ笑顔でいたいなあ。

VIVA! 家族!!
posted by パパ社労士 at 05:18| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月13日

第三子誕生!!-2

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内診するからパパはカーテンの向こうでちょっと待ってて、と言われ待つことに。

しばらく待っていると、急にあわただしくなる分娩室・・・。
赤ちゃんの心拍数が下がってきていて、早く出してあげなければいけない状況に。
あまりにも赤ちゃんが出てきにくそうだと、若干メスで切って出てきやすくするため、助産師さんは医師を読んでいました(当然自身は、そんなこと分かっていませんでしたが・・・)。

分娩室の助産師さんたちが衝突しあうんじゃないかというような、あわただしさ。
一人目のときも二人目のときもこれほどのバタバタ感はなかったのでこっちも「えっ!?えっ!?」といった感じでオロオロするだけ。

そして助産師さんが思い出したように「パパはどこ!?」となって、呼ばれて分娩台の方へ向かうのでした。

つづく
posted by パパ社労士 at 05:20| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月03日

第三子誕生!!-1

かなり久しぶりの更新!

フェイスブックをやり始めてから本当にブログを書かなくなってしまったのですが、過去のブログ記事を見るとやはり大事なことはブログに書いておきたいなと思いました。
フェイスブックはすべてが時と共に流れていってしまうんですよね。もちろん過去の投稿も見られるのですが検索性が低いというか、過去を見返すにはあまり向いていない。
その点、ブログはいわば日記だから過去の思い出を振り返るにはもってこい。
というわけで久しぶりに書きます!!

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平成26年1月16日午後6時頃。
妻が破水したかも、というので急いで病院へ。
そのまま出産となるかもしれないので子どもたちも連れていきました。できれば一緒に立ち会いたいと思っていたので。
妻が診察を受けている間、病院内の売店で晩ごはんを購入して待合室で食べました。

診察の結果、やはり破水していたようでそのまま入院することに。
ただ、羊水が完全に出てしまったわけではないので、陣痛がくるのを待つことになりました。
分娩室にソファ等もあってそこで子どもたちとお菓子を食べたりして陣痛を待ったのですが、夜も遅くなってきたので一旦帰って子どもたちを寝かすことにしました。
陣痛が短い間隔で来るようになったら電話をもらうことにして、自分と子どもたちは家に。

子どもたちを寝かしたあと、仕事もたまっていたので電話が来るまで仕事をこなしていたところ、深夜3時過ぎに電話が!
「だんだん陣痛が短い間隔になってきたから来て」

子どもたちはおばあちゃんに任せて、急いで病院に向かいました。

分娩室に入ると、妻は「すぐ産まれそうって感じではないけど」と腰をさすりながら言いました。
お腹の中の赤ちゃんの心音を伝える電子音が部屋に響いています。
そして出産のときは腰をさすってやるといいんだったよな、と一人目二人目で立ち会ったときを思い出しながら腰をさすりました。

陣痛は確かに痛くて大変そうだけど、今のところ問題なく出産に向かっているようでした。
しかし、このあと・・・。

つづく。
posted by パパ社労士 at 11:24| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月09日

派遣労働の今後について

久しぶりの投稿ですが、ちょっと固めに!
派遣法の規制緩和についてフェイスブックでも言及したのですが、そこに契約法の問題も絡めてどういう問題が生まれるのか考えてみたいと思います。

まず、その変更案とは以下の通り。

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『派遣労働、同一業務「3年まで」撤廃へ 個人単位に上限』(産経新聞2013/8/7)
 厚生労働省の有識者研究会は6日、最長3年までとなっている同一業務での派遣期間の制限撤廃を求めることで一致した。近く報告書を取りまとめ、早ければ月内にも厚労相の諮問機関である労働政策審議会で審議が始まる。
 現在、通訳やアナウンサーなど、専門の技能を要求される26業種は派遣期間に制限がない。しかし、それ以外の業種では、派遣期間は同一業務につき最長3年と決められている。派遣先の正社員の労働を確保するための制度だが、ある派遣労働者が2年で辞めた場合、同じ業務に就く次の派遣労働者は最長1年しか働けず、不安定な雇用になりがちだった。
 研究会は、業務単位でなく、個人単位に上限を設けることを提言。前任者の有無にかかわらず、派遣労働者は同じ部署で最長3年まで働けるようにする。また、部署を異動すれば、さらに同じ会社で働けるように求める。
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どう考えてもこの制度変更はおかしいと思います。

自身はそもそも派遣という働き方は極めて限定的であるべきとの立場ですが、派遣を認めるにしても今回の制度変更は一体なんのために認めるのか説明がつかない。
企業は人を取っ替え引っ替えすれば永久に派遣を利用できますが、労働者は3年置きに勤務先を変わらなければならなくなり、そうした点で労働者にとっては改悪と言えます。

この研究会の報告では、派遣先が3年を超えて派遣を受け入れる場合、派遣先の労使間でチェック機能を持たせれば常用雇用の有期雇用による代替は防げるとしていますが、労使のチェック機能が本当に機能するかは疑わしいです。
現行でも派遣期間が1年を超える場合は労働者代表の意見を聞くことになっていますが、企業によっては形式的に労働者にサインをさせるだけのところもあります。
どうもこの研究会報告を見ていると、机上の空論で組み立てられているとしか思えません。
(一応、派遣労働者や派遣企業の意見も聴取しているとしていますが)

この研究会報告のスタンスは、「派遣労働という働き方を認め、派遣による常用代替を防ぎつつ、派遣労働者を保護する」、です。

もしそうであるならこの個人単位で上限を設けるというのをやめるべきだと思います。
契約法が有期雇用の上限を事実上5年にしたことで、有期の派遣も5年経てば無期雇用の派遣労働となり、労働者にとってキャリアアップの観点から望ましいと、この報告には書いてありましたが実際は派遣元も5年で雇い止めをすると思います。
こうも制度がころころ変わるようでは、派遣元も無期雇用というリスクを抱えたくないからです。
派遣労働者は5年ごとに派遣元から派遣元へ移動するだけになるでしょう。

派遣労働者としては、どの道派遣として働くのであれば同じ企業で働き続けられる方が良い。
常用雇用の代替として派遣を使えないようにするという視点から、企業のみ期間の上限を取っ払うというのは間違っています。
ルーチンワークであれば、人をとっかえひっかえするだけです。

常用代替防止の観点を重視しすぎるあまり派遣労働者の保護が無視されている、というのが今回の報告書に対する個人的な感想です。
常用代替防止を言うなら派遣労働というもの自体を否定すべき、派遣労働を認めるなら派遣労働者として生涯働ける仕組みとすべき。

端的に言えば、政府は派遣労働を推進するのか、推進しないのか、その部分を明確にしなければいけないのだと思います。

厚生労働省「第15回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会 資料」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000014405.html
posted by パパ社労士 at 05:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月14日

ドキュメンタリー映画「あの日〜福島は生きている〜」を観て

風とロックLIVE福島のドキュメンタリー映画「あの日〜福島は生きている〜」を見た。
http://kazetorockcaravan.jp/

続いてたまたまだけど以下のHPを見た。

「書きかけてやめた、福島のことを、もう一度」
http://www.1101.com/fukushima/2012/index.html

震災後東北には何度か行っているけれど、毎回このほぼ日刊イトイ新聞の記事のような思いに駆られる。

かの地で自分がやっていることに意味があるのか。
そこにかかるお金をもっと別のことに使った方がいいのではないか。
もっと素晴らしい支援をしている人に寄付した方がいいのではないか。

行って感じる自身の無力さ。
自分の中にある、どこか他人事のように感じているかもしれないという側面。

津波によって根こそぎ破壊された土地を見て心はつぶれそうにはなるけれど、何もできないただの一人の人間がそんな心情になったからといってどうなる。

そんな風にいつも感じていた。

でもこの映画を見て勇気づけられた。

大事なことは、かの地のことを忘れないこと。
そう暗に訴えてくる。

名古屋じゃあまり震災のことが語られなくなった。
新聞でもほとんど報道されない。
3.11だけに思い出される歴史になりつつある。

それではいけないと、あのとき亡くなった人がいて今を生きる人がいてこれから生まれる子どもたちがいて、そうした人たちが当事者としてあの震災をみつめていく必要があるんじゃないかとこの映画は訴えてくる。

何度でも行こう、あの日を忘れないために。
posted by パパ社労士 at 07:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする