2015年03月11日

堂々巡りの気持ち

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(平成27年3月6日の福島県の海)

東日本大震災から丸四年が経った。
あれから何度と被災地に行っているから、復興へ着々と歩みを進めていることがよく分かる。
町が町としての賑わいを取り戻しつつある。
子どもたちの表情も明るい。

だけれども、まだまだだ。
がれきの山から更地に変わったけれど、更地は更地のままだ。

僕は自分のこととして、あの町々が輝きを取り戻す様を見届けなければならない。
地続きの、わが町。
被災地の子どもたちが笑っていなければ、自分たちの子どもも笑っていられるはずがない。
あの町々を置き去りにして、自分たちと子どもたちの明るい未来を想像することはできない。

僕がしていることといえば、被災地に行って子どもたちに絵本を読むことだけだ。
それになんの意味があるか分からない。
いや、物語の持つ力を信じているし、笑うことの意味も知っている。
だけどそういうことを伝えたいような、そうじゃないような。
ただ子どもたちと戯れたい、そういう気持ちが一番強いのかもしれない。

自分がしていることなど独りよがりなのかもしれないと、いつも心の底で思っている。

だけど、どうしても行かずにはいられないんだ。


posted by おすし at 14:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

限りなく直線の妻

僕の妻は、限りなく直線だ。
限りなく真っ直ぐだ。

こうするとこうだからこうとか、ああしたらああだからああとかそういう雑念がほとんどない。
すべては本能の判断に任されている。

なんとなくもない。
なんとなく何かをしてみるとか、なんとなく食べてみるとか、なんとなく笑ってみるとかそういうものが全くない。

圧倒的な正当性でもって、行動がなされる。

揺るぎない衝動で後悔する間も無く次の行動に移ったり、眠ったり起きなかったりする。

チョロQみたいにびゅーっと突き進み、止まる。
チョロQみたいにびゅーっと突き進み、止まる。

それの繰り返し。

そんな妻を僕は追いかけたり、追い抜いたりする。
そして待っていたら追い抜かれたりする。
真っ直ぐだと思っていたら微妙な誤差でとんでもないところに行ってしまった妻を、おいそっちに行くのかよ、と思いながら軌道修正してみたりする。

それでも妻は真っ直ぐ進む。
限りなく真っ直ぐな道。
直線な道。
posted by おすし at 20:31| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月20日

ボロネーゼ!

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昨日の晩ごはんは、ボロネーゼ!
基本的にビール派なんですが、ベルギーで賞を取ったとかなんとかって書いてあったので発泡酒を買ってみましたが、これがうまい!!!コリアンダーとオレンジの香りがたまらん!!
posted by おすし at 11:58| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月14日

昨日の晩ごはん

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昨日の晩ごはんは、あさりのトマトパスタ、サバの香味トマトチーズホイル焼きと、写真にはないけど大好きなパン屋ポルカのバゲット。

サバとトマトの相性の良さに驚きました!
また作ろうっと。

※晩ごはんアップはFBでは以前からずっとやってましたが、今後はブログでも少しずつアップしていきます。
posted by おすし at 15:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

2014年07月31日

家族で食卓を囲むということ

子どもと日頃向き合っていると、本当に自分自身の未熟さを痛感する。兄弟げんかの着地点は見つけてやれないし、わがままに思わずいらいらしてしまうし、伝えたいこともしっかりと伝えられているか自信がない。だけれども、それと同時に子どもと共に成長していけるような気もする。
子どもに恵まれたから見ることのできる景色がある。子どもの頃に抱いていたはずの忘れてはいけない何かを思い出すこともある。

家族で食卓を囲むことの尊さは、実際に妻や子どもたちと食卓を囲む中で感じた。その原点は子どもの頃に抱いていた家族で食卓を囲めない寂しさだった。

政治の場でもビジネスの場でも、大事な話はみな食事を伴う。つまり、食事を共にするという行為がお互いをよく知るために重要だということを、人は感覚的に、また経験的に知っている。
ならば家族で食卓を囲むことは何より重要で、家族で食卓を囲めるということは何よりも尊いものだと思うのだ。

様々な気付きを与えてくれる子どもたちと、そんな子どもたちを産んでくれた妻に感謝しつつ、食卓を家族で囲む妻の誕生日!!

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posted by おすし at 15:14| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

東日本大震災から3年経って思うこと。

以下、フェイスブックに投稿したことですが、あちらは時とともに流れていってしまうためブログにも書いておきます。

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 あの地震から三年が経過した。日本をまるごと飲みこんだと言っても過言ではないあの地震。津波。
地震が起きて約1カ月たったころから仲間たちに連れられるようにして何度か東北へ足を運んだ。そして子どもたちに絵本を読んだり、被災された方々のお話を伺ったりした。
しかし、常に意識の中にあったのは次のようなことだった。

 なにか、少しでも役立つことがしたい。だけど自分にできることが果たしてあるのだろうか。
自分のような何のとりえもない人間に、何ができるのだろう。
自分がお金をかけて行くくらいなら、どこかに寄付すべきなんじゃないだろうか。
安易に行くのは、被災された方々の心に土足で踏み込むようなことになってしまうのではないだろうか。

そうした逡巡する気持ちを抱えたまま、東北へ行っていた。いや、今でもそうした気持ちは抱えたまま行っている。
でも、行けばいつでも会う人会う人が感謝の気持ちを伝えてくれる。子どもたちは「また来てね」と言う。
行く回数を重ねるごとに町も変わってくる。がれきの山だったところが更地になり、道ができ、商店ができる。町全体を覆っていた陰鬱な空気もどこかへ行って、まさに復興への息吹を感じられるようになった。

しかし、まだまだだ。依然として行方不明の人がいる。これからの町の在り方が決められないでいる。原発の問題も収束できるのかどうかすら分からない。

報道も昨日ばかりは被災地のことを取り上げたけれど、名古屋では普段被災地のことを目や耳にすることは実に少ない。

だから今になってやっと、自身が被災地へ行くことの意義が見出せるようになってきた。

現地のことを自分の言葉で、少なくとも、自分に近しい人には伝えよう。
そして、震災直後のあの逡巡した気持ちを忘れないでいよう。
意味があるのかは分からない。だけど、できることをできるだけ、動けるだけ動いてみよう。

単なる自己満足だと、批判があるかもしれない。

だけど、また行きます。

ずっと行きます。
posted by おすし at 15:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

第三子誕生!!-3

あわてて分娩台へ向かうと妻がつらそうにしていました。
陣痛の間隔がかなり狭まってきている様子。

「どう、生みたい?いけそう?」
と助産師さんが声をかけると、妻は首を縦に振り陣痛がくるのに
合わせていきみます。

そうして何度もいきむのですがなかなか生まれてこない。
それから結局1時間くらい、頑張っていました。

すると今度はだんだんお腹の赤ちゃんの心拍数が下がってきました。
助産師さんが医師を呼びます。

頭は見えるところまできているのですが、どうも産道が狭いのか
赤ちゃんが出あぐねているようでした。

医師がやってきて「横井さん、少し切って赤ちゃんが出てきやすくするね。
赤ちゃん、ちょっとしんどそうだし。いいね?」
妻は首だけ縦に振ります。
「よし、切りま・・・。あっ、いけそういけそう!!
 横井さん、がんばっていきんで!!」

そして・・・。
騒々しい分娩室にかわいいかわいい泣き声がこだましました!!

1月17日(金)5時50分 三男誕生!!!!

妻の必死な頑張りと三男のこれでもかという元気な泣き声に思わずほろりと来て
しまいました。
かけがえのないこの瞬間に立ち会えたこと、本当にうれしく思いました。

また普段、長男や次男にいらいらして怒ってしまうこともしばしばあるのですが、
三男の誕生とともに、彼らの誕生したときのことを思い出すと、あんまり怒って
てはいかんなあと、思いました。
元気で生まれてくれたことへの感謝の気持ちがどこに行っちゃうんですよね。日常では。

そうしたことを考えさせてくれた三男に感謝しつつ、日常もできるだけ笑顔でいたいなあ。

VIVA! 家族!!
posted by おすし at 05:18| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月13日

第三子誕生!!-2

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内診するからパパはカーテンの向こうでちょっと待ってて、と言われ待つことに。

しばらく待っていると、急にあわただしくなる分娩室・・・。
赤ちゃんの心拍数が下がってきていて、早く出してあげなければいけない状況に。
あまりにも赤ちゃんが出てきにくそうだと、若干メスで切って出てきやすくするため、助産師さんは医師を読んでいました(当然自身は、そんなこと分かっていませんでしたが・・・)。

分娩室の助産師さんたちが衝突しあうんじゃないかというような、あわただしさ。
一人目のときも二人目のときもこれほどのバタバタ感はなかったのでこっちも「えっ!?えっ!?」といった感じでオロオロするだけ。

そして助産師さんが思い出したように「パパはどこ!?」となって、呼ばれて分娩台の方へ向かうのでした。

つづく
posted by おすし at 05:20| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月03日

第三子誕生!!-1

かなり久しぶりの更新!

フェイスブックをやり始めてから本当にブログを書かなくなってしまったのですが、過去のブログ記事を見るとやはり大事なことはブログに書いておきたいなと思いました。
フェイスブックはすべてが時と共に流れていってしまうんですよね。もちろん過去の投稿も見られるのですが検索性が低いというか、過去を見返すにはあまり向いていない。
その点、ブログはいわば日記だから過去の思い出を振り返るにはもってこい。
というわけで久しぶりに書きます!!

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平成26年1月16日午後6時頃。
妻が破水したかも、というので急いで病院へ。
そのまま出産となるかもしれないので子どもたちも連れていきました。できれば一緒に立ち会いたいと思っていたので。
妻が診察を受けている間、病院内の売店で晩ごはんを購入して待合室で食べました。

診察の結果、やはり破水していたようでそのまま入院することに。
ただ、羊水が完全に出てしまったわけではないので、陣痛がくるのを待つことになりました。
分娩室にソファ等もあってそこで子どもたちとお菓子を食べたりして陣痛を待ったのですが、夜も遅くなってきたので一旦帰って子どもたちを寝かすことにしました。
陣痛が短い間隔で来るようになったら電話をもらうことにして、自分と子どもたちは家に。

子どもたちを寝かしたあと、仕事もたまっていたので電話が来るまで仕事をこなしていたところ、深夜3時過ぎに電話が!
「だんだん陣痛が短い間隔になってきたから来て」

子どもたちはおばあちゃんに任せて、急いで病院に向かいました。

分娩室に入ると、妻は「すぐ産まれそうって感じではないけど」と腰をさすりながら言いました。
お腹の中の赤ちゃんの心音を伝える電子音が部屋に響いています。
そして出産のときは腰をさすってやるといいんだったよな、と一人目二人目で立ち会ったときを思い出しながら腰をさすりました。

陣痛は確かに痛くて大変そうだけど、今のところ問題なく出産に向かっているようでした。
しかし、このあと・・・。

つづく。
posted by おすし at 11:24| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする