2011年12月21日

ボードゲームのすすめ 〜カヤナック編〜

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写真のボードゲーム、カヤナックというんですがこれがめちゃくちゃ楽しい!!
画面からはちょっと切れちゃっていますが、木の棒の先端が鉛筆のようにとがっており、それでボードにぶすっと穴をあける。
そして棒の逆についている釣り糸をその穴にたらして魚を釣るというゲーム。

ぶすっと穴を空けるのもなんとも楽しいし、釣り糸をたらしてカチッと魚の反応があったときのうれしさといったらたまりません。
で、これだけ書くとあまりゲーム性がないように思えますが、じつは空いている穴を閉じたりコマの立ち入り禁止区域を作ったりとなかなか戦略性も高く、高学年の子どもや大人でも十分楽しめます。

我が家では、どうもコマを使ってやると4歳にはストレスがたまるだけのようだったので、コマは使わずサイコロを振って穴を開けたり釣りをするだけにしました。
これがおおはまり!
たまたま来ていたジジと自分と長男の三人でやったのですが、ジジがあまりにもサイコロ運がなさすぎて長男と大笑いしながらやりました(これが長男だったらと思うとおそろしい)。

こうしたボードゲームの一番いいところは、相手の顔を見て会話をしながらやるところです。
テレビゲームもみんなでわいわいやれますが、ずっと画面を見っぱなしってことが多いんじゃないでしょうか。
派手さはないけどときによっては相手の顔色をうかがいながらの心理戦なんてのもあって、こういうアナログゲームならではの良さがあります。

もともとボードゲームは好きで、海外のをよく買っていたのですが割と高学年や大人向けのものばかりを買っていました。
子どもが3歳を過ぎて、幼児でもやれるゲームをぽつぽつ買いだしたところ、友人のフェイスブックでこのゲームを知り即買いました。
本当はクリスマスプレゼントといって渡そうかなとも思ったのですが、自身が待ち切れず届いたその日に遊びました。
うーん、だめな大人。

みなさんもお正月は家族でボードゲームを是非!!

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昨日の晩ごはんは、塩鍋(つゆは市販品)。
鳥のヤゲン軟骨を入れた手作りつくねをいつも作ります。
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2011年12月15日

フルマラソン体験記-4

走り始めてから3時間を超えた。
気持ちとしては走っていたが、早歩きしている人より遅いかもしれない。
走っている体裁をかろうじてとっている状態。
左すねがとにかく痛い。
足の裏も痛い。
着地の瞬間、激痛が走る。
できる限り衝撃をあたえないよう気をつけながら着地すると、その意識がすねを無駄に緊張させてさらに痛みが襲ってくる。
とにかく右の次は左、左の次は右と全く言うことを聞かない足を気力で前に出す。
河口湖に映る美しい富士山も紅葉した木々も、今はただ単調なつまらない風景にしか見えない。
いや、風景としてすら認識していなかったかもしれない。
ただただ気だるそうに後ろに流れる鈍い色たち。

エイドステーションでは、チョコやスナックなど何かよくわからないままつかんでは口に放りいれた。
しばらく手に持って食べながら走る。
しかしエネルギーを体は欲しているのに、あごを動かすのが億劫になる。
舌でチョコを溶かすことさえもしたくない。
体が訴える矛盾に答える気すら起きず、歩かずに足を前に出すことだけを考えているうちに、手のチョコたちは消えていた。

コース沿いで応援する人たちがたくさんいる。
「よくがんばった!ここが一番つらいところだ!だいじょうぶだ!がんばれ!」
なぜか泣けてきた。
ゴールでは家族が待っているはずだ。
必ず走りきってゴールしてやる。

35キロ地点。
時計は3時間35分を示していた。
5キロ31分どころか、38分もかかっている。
そして残り約1時間で7キロを走らなければ目標タイムの4時間30分をクリアすることはできない。
60分を7で割ると、キロ8分と、ええと、一体何秒だ。
考えることにエネルギーも使えないほどに疲れているのか。
まあいい。
7キロ1時間なら歩くスピードと変わらない。
余裕でゴールできるはずだ。

そうは言っても、腕は上がらない。
あごも上がらない。
足も上がらない。
身体のすべての部位が音を上げている。
脳のいうことをきく部位はひとつもない。
もしかしたら脳すらいうことをきいてはいないのかもしれない。

ただ、たましいとか、せいしんとか、そういったたぐいのものが、だせいで、まえに、すすめ、させる。

トマルナ。
アルクナ。
マエヘタオレナイヨウニ、トニカクアシヲマエヘダセ。

あるきたいあるきたいあるきたい。
アルクナアルクナアルクナ。

もう何も考えられない。
40キロ地点の標識を見て「ああ、あと2キロか」とだけ思う。
それだけ。
右左右左と決してテンポはよくないが確実に前に足を運ぶ。

ゴールのゲートが見えてきた。
すぐ目の前には、片足をひきずって歩いている人がいる。
自分はその人とほぼ同じペースだ。
でも自分は歩かない。
歩きたいけど絶対に歩かないと決めたのだ。
最後の力を振り絞ってでも歩いているその人を抜くことはできなかったが、自分は間違いなく走りきった。
最後まで走り切ったと胸を張って言える。

そしてその人が先にゴールゲートをくぐり、それから自分がゴールゲートをくぐる。
「ふう」とだけつぶやいた。
やっと歩ける。
歩くともう左足はひきずるしかない。
それぐらい痛みがひどかった。
でも、ゴールは誰にでもあたりまえにやってくるものなのだ。
自分が走ることが好きになったのは、そのことが確認できるからなのかもしれない。

次に時計を見る。

4時間35分。

目標タイムを切ることはできなかった。
悔しい思いと歩かずに走れた喜びが、汗とほこりにまみれた体に静かに沁み渡った。

そして周りのギャラリーを見渡す。
ぐるりと見渡す。
いない。
あれが息子か?と思ってみても違う。

そこで荷物を取ってきて妻に電話してみた。
数コールして妻が出る。


「あ、ゴールしたの?
 ごっめーん!
 ゴールに間に合わんかったわ!!」


マラソンはひたすらに自分自身との戦いなのだと、その瞬間知った。


 〜 完 〜
posted by パパ社労士 at 15:50| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

フルマラソン体験記-3

順調に20キロ地点まで来る。
ここでは糖分補給用に持ってきたゼリー状の栄養補給剤を飲む。
とある雑誌によると糖分が足りなくなると脳がマイナス思考しだすそうで、それを回避するためだ。

20キロ程度ならいつも走っているしトラブルなくここまで来れたが、順調とはいっても間違いなく疲労はたまってきていた。
きれいだと感じていた富士山も、関心を向ける余力はない。
現時点でのタイムは1時間54分。
このままのペースで行けば確かにサブ4は達成できるが、このペースを残り20キロ以上維持するのは難しそうだ。
少し、ペースを落とそう。
5キロ31分ペースにして4時間10分台を目指そう。

そう思って走り始めたが、25キロを過ぎたあたりから左すねにわずかな痛みを感じるようになってきた。
これはシンスプリントと呼ばれる症状だ。
しっかり走りこんだ練習でも今までシンスプリントになったことはない。
きっと膝をかばう走り方になってしまったせいでランニングフォームが崩れたのが原因だろう。
ただ、幸いにして痛みはわずかだ。
走ることに支障をきたすほどではない。
ペースは持続しよう。

だんだんと疲れも出てきて、エイドステーションでチョコなどに手がよく伸びるようになる。
身体が、脳が糖分を欲しているのだ。

30キロを通過した時点でタイムは2時間57分。
もう一本用意していたゼリー状の栄養補給剤を飲む。

あと12キロだ、と思ったときにはすねの痛みは最高潮に達していた。
posted by パパ社労士 at 16:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

フルマラソン体験記-2

ゲートを過ぎたあたりから周りのスピードが一気にあがる。
とは言ってもまわりには大勢のランナーがいるため全力で走っても人をよけながらジグザグにしか走れない。
今までのマラソン大会で歩いてしまったのは、前半に飛ばしすぎたせいだ。
初心者は気持ちとしてついつい、余裕のあるうちに距離と時間を稼いでおきたいと思ってしまって前半にエネルギーを使いすぎる。
今の自分の体力では全力で行ってなんとかなるのはハーフくらいまでだ。
だから、今大会ではその点は特に慎重になる。
コースに置かれた距離標識は幸い5キロごとにある。
5キロ30分のペースで走ろうと決めて、はやる気持ちを抑えながら足を一歩一歩前へ出す。

その日は大変天気がよく、富士山をながめながらのランは気持ちがいい。
河口湖に移る逆さ富士も見事だ。
湖畔を颯爽に走る。

しかし、走り始めてすぐに左ひざに違和感を覚えた。
左ひざはいつも痛くなる。
まだ痛いというほどではないがなんとなく嫌な予感を感じさせる違和感だった。
できるだけ間接にダメージを与えず、筋肉で路面と接地した時の衝撃を受けるように心がける。
マラソンは、自分と身体との対話だ。
痛みはないか、一部に過度な負担がかかっていないか、呼吸はどうだ。
身体のすみずみまで意識を傾けてその声を聞く。
そしてそのメッセージを受け取り走り方を微調整する。

5キロを過ぎたとき、タイムは30分をすぎたところ。
キロ6分で走れている。
違和感を感じていた左ひざも調子が良さそうだ。
込み合っているエイドステーションを横目に通り過ぎる。
毎回どのマラソン大会でも一番目のエイドステーションは通り過ぎることにしている。

そして10キロ地点。
タイムは58分を過ぎたあたり。
どうもペースが上がってしまっていたようだ。
調子よく走れている。
問題はない。
次も5キロ28分ペースでいくか。
28分ペースでいけばサブ4も夢じゃない。

そう思ったのが間違いだったと気付いたのは、まだずっと先のことだった。
posted by パパ社労士 at 03:59| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月05日

フルマラソン体験記-1

11月27日午前5時。
河口湖近隣のペンションの一室で目を覚ます。
目覚まし時計もなくこの時間に起きれたのは良かった。
目覚まし時計で起きるというのはどこか体に無理をさせているような気がする。

体をすこし動かしてみるが悪くない。いや調子は良さそうだ。
そうこうしていると長男が起きだしてきた。
着替えたりしているとあっという間に出発の時間だ。
現地は相当な人で溢れているはずだから、できるだけ早く出発しなければならない。

案の定、予定していた駐車場は入口前から大渋滞で仕方なくスタート地点まで向かう。
そこで自分と父は降り、車は妻に乗って行ってもらう。

受付を済ますと、荷物を置きに近隣のホテルへ行く。
この近隣のホテルのいくつかはこの大会に協賛しているのか、休憩所及び荷物置き場として一部の部屋を開放していた。
ホテルはものすごい人だった。
階段を昇る人、降りる人、トイレに並ぶ人、たくさんの人がぎゅう詰めになりまるで満員電車のようだった。

荷物も置き、身軽になると父と二人でスタート地点へ行った(父も27キロの部に挑戦した)。
ただ、スタート地点がフルマラソンの部と27キロの部では違うので、いくつか言葉を交わしお互いの健闘を祈って別れた。

今日は天気がよく気温も16度くらいまでは上がるという話だったが、陽が昇ってわずかばかりしか経っていない早朝に半そでに短パンという姿で待機はなかなかしんどかった。
大勢がそうしているように屈伸をしたり体をねじったり飛んだりしてスタートの号砲が鳴るのを待つ。
しばらくするとオープニングセレモニーがはじまり、タレントの激励や選手声明が行われた。
そしてそのセレモニーの終わりとともに号砲がなった。
しかし、さあいくぞと思っても、スタートを今か今かと待っていた集団なのに進まない。
それも仕方ないはずで、今大会には1万3千人もの人が参加していたのだ。

それでも少しずつ進みだし、歩きながらスタートゲートを目指す。
やっとのことでスタートゲートをくぐったときには、号砲から18分が過ぎていた。
今回の目標は、4時間30分で完走することと、一度も歩かずにゴールすること。
今まで2回フルマラソンに参加したが、2回とも途中で歩いてしまっていたし、5時間を切るのがやっとだった。

スタートゲートくぐると同時に腕時計のストップウォッチ機能のボタンを押した。
デジタル表示が「04:30」になる前になんとしてでもゴールしたい。
posted by パパ社労士 at 16:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

子どもにやさしいまちづくり研修会に参加して思うこと。

昨日、NPO法人子ども&まちネット主催の子どもにやさしいまちづくり研修会に参加してきた。

これは4回連続講座で、子どもにやさしいまちとは一体何か、ということを様々な角度から勉強する研修だ。

昨日は、千葉大学の木下勇教授が講師として来てくださり、ユニセフの提唱する「子どもにやさしいまち」とは一体何かという概念的な部分から世界各国また日本の自治体における取り組みについてとても分かりやすく説明していただいた。

ユニセフのHPの内容を木下教授が翻訳した「子どもにやさしいまち」の基本(構造と活動)とは次の通り。

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「子どもにやさしいまち」の形成は次の9つの基本(構造と活動)から成り立っている。

1. 子どもの参画:
 子どもの意見を聞きながら、意思決定過程に加わるように積極的参加を促す。

2. 子どもにやさしい法的枠組み:
 子どもの権利を遵守するように法制度的な枠組みと手続きを保障する。

3. 都市全体に子どもの権利を保障する施策:子どもの権利条例に基づき、子どもにやさしいまちの詳細な総合計画と行動計画を定めて実施する。

4. 子どもの権利部門または調整機構:
 子どもたちの将来を見据えて、地方自治体の中に優先すべきことを保障する永続的仕組みを構築する。

5. 子どもへの影響評価:
 子どもに関わる法律や施策、そして事業について実施前、実施中そして実施後に子どもへの影響を評価する制度化された手続きが保障される。

6. 子どもに関する予算:
 子どものために適当な資源と予算が使われているかが調査されることを保障する。

7. 子どもの報告書の定期的発行:
 子どもたちと子どもの権利についての実情について十分なモニタリングとデータ収集が保障される。

8. 子どもの権利の広報:
 大人や子どもに子どもの権利についての認識を高める。

9. 子どものための独自の活動:
 子どものオンブズマン、子どものコミッショナーなど、子どもの権利を促進するために活動しているNGOや独立した人権団体の支援。

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勉強不足の自分がこのことに深く言及することは現段階ではできないが、「5.子どもへの影響評価」について社会保険労務士として少しだけ私見を述べたい。

この「まち」というのがあくまでも都市という形あるものを指すのであれば全く見当違いの意見になってしまうが、年金を含む社会保障制度には「子どもへの影響評価」という視点が全く抜け落ちているという現実がある。
つまり、現在の年金制度の議論は、今給付を受けている人たち(もしくは間もなく受給する人たち)の年金をどう捻出するか、に尽きていると言って過言ではないのであり、その先の今の子どもたちが年金を受給するようになった時のことを考えて議論されていないということだ。
年金問題は高齢者問題であり、将来の子どもの問題として捉えられていない。
これはとても問題だと自身は考えていて、そこになんとか若年者の考えや想いをぶつけられないかと思っている。

脱線してしまったが、今回の研修では各国の取り組みが具体的に示されていて、日本でもやればいいのに、なんて思うようなこともたくさんあった。
引き続き勉強したい。

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今日の晩ごはんは、カレーなべ。
スープは市販品だが、ココイチブランドなのでちょっと期待。
posted by パパ社労士 at 17:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

絵本講座in東区撞木館

先週の土曜日は、名古屋市東区にある撞木館という和洋折衷のお屋敷で絵本講座をしてきました。
(東区役所主催のイクメン講座第二回目)

集まったのはなんと23組のパパとその子どもたち。
ママ同伴のパパは一人もいない!
すばらしい!

子どもたちはほとんど0歳か1歳児だったので絵本ライブというよりは、絵本と触れ合おうという趣旨でお話しをしてきました。
構成としては、講義30分、絵本読み30分、パパたち自身による絵本読み30分という感じ。

講義では、絵本の楽しさ、選び方、読み方などをお話ししました。
絵本読みでは、0歳1歳向けの絵本を何冊か読み、赤ちゃんもそうそう集中していられないのでパパ向けに、「パパ、おばけがいるよ」等を読みました。
(この絵本を読むと、子どもが寝る前には帰らなくちゃーって思うこと間違いなし)
そして最後に、大量に持ち込んだ絵本を床に広げて好きな絵本を選んでもらって、パパ達に各々自分の子どもに向けて読んでもらいました。

絵本に集中できない子ども(赤ちゃん)がいたけどそれでいいんです。
絵本を聞かせよう聞かせようとすればするほど、絵本から逃げたくなる。
体を動かしたいときもあれば、本を読みたい時もある。
大人も子どももそれは一緒。

絵本がいつも手に届くところにある、それが大事なんじゃないかなー、なんて思います。

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昨日の晩ごはんは、豚みそ鍋。
つゆは市販のもの。
でもうまかったー!

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それから、次男がもうじき一歳になるのですが、すでに歩いています!
長男のときはこんなに早く歩かなかったよなー。
でも現在の長男の足はものすごく速くて、朝も走って保育園まで登園してます。

まあ、それぞれのスピードで成長してくれ!
でもできればゆっくりの方がうれしいかなー、なんて思ったり。
親心は複雑です(笑)。
posted by パパ社労士 at 12:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

パートタイム労働者について

たまには仕事に関連するまじめなネタを。

2007年に策定されたパートタイム労働法にしたがって、厚生労働省が「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」を設置し、その報告書がまとめられました。
そこでパートタイム労働法について少し私見を述べたいと思います。

まず一般の方がよく勘違いされていることとして、この法律におけるパートの定義があります。
条文を抜粋するのは避けますが、簡単に言うと「正社員より労働時間が短い人」というのがこの法律における「パートタイム労働者」となります。
つまり、一般にパートといわれる人でも正社員と同じ時間勤務している人にはこの法律は適用されないし、正社員でも育児休業後などで短時間勤務をしていると適用されるということです。

この法律で正社員との待遇格差を禁止しているのは、

1、業務の内容と責任の程度がいずれも同じで、かつ

2、配置や転勤等の仕組みが同じで、かつ

3、契約期間に定めがない(実質無期とみなされる場合を含む)、
というこの3つの要件を満たすパートタイム労働者のみです。

この123すべてを満たすパートタイム労働者とはどんな人が考えられるのでしょう。
スーパーのレジ打ちなど社員もやることがあると思いますが、シフトの自由さなどが担保されていると1の要件が満たされなくなるし、転勤がないことも多いので2も満たされない。
いろいろと想像してみてもこの3つに該当するようなケースは稀のような気がします。
つまるところ、結局この法律の恩恵を受けられるのは前述した「正社員の短時間勤務」だけとなってしまうのです。
すでに正社員の人はこの法律によって守られますが、実際現時点でいわゆるパートという働きかたをしている人は保護されません。
その他、この法律ではこの3つの要件を満たさないパートについても保護する規定を設けていますが、ほとんどが努力義務規定となっており機能していないのが実情です。

もし、世間一般の方が想定するパートタイム労働者の処遇改善を目的とするのであれば、この法律は抜本的な見直しが必要だと思います。
また、パートタイム労働者については、103万の壁や130万の壁と言われる日本の扶養制度とも相まって議論される必要があります。
処遇(賃金)が改善(昇給)すると、その壁を超えないように労働時間を減らすかもしれない。
そうすると企業は困ることになるわけですから。

さらに、パートタイム労働者と残業代については、企業の業績変動による正社員のリストラを回避するためのショックアブソーバーとして機能していた点もひとつ問題として考えなければいけません。
どういうことかというと話は単純で、会社が暇になったら残業を減らし、パートタイム労働者の労働時間も抑えてもらう(もしくは辞めてもらう)ことで、会社の利益を確保するというもの。

現在、ワーク・ライフ・バランス(以下、WLB)という考え方が普及し始めています。
WLBは単純な時間短縮運動ではありませんが、必要以上の残業は必要ないという考え方においては異論はないと思います。
企業として残業が減り、パートタイム労働者の処遇も改善されると、不況期に企業がどうやってそのマイナスを負うのかが実は難しくなります。
個人的にはこの問題の核心は、正社員とパートタイム労働者の処遇の『格差』にあると思っています。
つまり、パートタイマーの処遇が低すぎるのと同時に、正社員の処遇が良すぎるということ。
真の格差是正のためには、現在の正社員の人たちが一定の痛みを我慢する必要があるのではないかと思います。

この辺り実はあまり議論されていませんが、パートタイム労働法の今後についてはよく考えなければいけない問題点だと思っています。
posted by パパ社労士 at 14:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

想像あそび

毎日というわけではありませんが、消灯した後に家族で川の字になって寝る姿勢やる遊びがあります。
それが「想像あそび」。
もうはっきり言ってルールなんてものはありませんが昨日やったのはこんな感じ。

「ぼくは、お腹が空きました。
 目の前にはラーメン屋さんとカレー屋さんがあります。
 どっちに入りますか?」

「うーん、らーめんやさん」

「ではラーメン屋さんに入りました。
 何を注文しますか?」

「うーん、ぼくはねえ。
 たまごメンマねぎにくたっぷりらーめん(注1)」

「お母さんはなんにする?」

「私は、みそラーメン」

「お父さんはなんにしようかなあ。何がいいと思う?」

「えーとねえ、やさいたっぷりらーめんがいいんじゃない?」

「じゃあ、お父さんはそれで」

(この辺りになってくると相当ノッてきて自分からいろいろとやりだす)
「じゃあ、ざっざっざっ、こんこん、ぽん、はいできあがりー!
 おまちどおさまー!」

「はふはふはふ、ずるずるずる、ぷはあ。ずるず、おへっおへっ(注2)」

「じゃあねえ、こんどはおもちゃやさんでねえ・・・」

そしてやってるうちにだんだん眠くなって寝る、といった感じ。
寝ようとするとまだ絵本読みたいーとか遊びたいーとか言うので、そういうときにこの遊びをしています。
意外にやってる大人も楽しいですが、ラーメン食べてるフリとか本気で食べなくなってしまうので注意です(笑)。

(注1:本人はたぶん、スガキヤの特製ラーメンのつもり)
(注2:むせるフリ)

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昨日の晩ごはんは、ぶりかまの塩焼き、なすのみそ汁、サラダ、ほうれんそうのお浸し。
仕事が立て込んでしまい、かなりのスピード料理となりました。

それからもうすぐ1歳になる次男が1.5歩くらい歩きました!
日々進化しております!!
posted by パパ社労士 at 06:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

某新聞記者の憂鬱(妄想)

とある新聞の社説に、研究者たちは地震に関して今までは地震を予測するという方向で進んできたが、今後は減災にかじ取りをしなければならない、という趣旨のことが書いてあった。
全くその通りだと思う。
そして、「最悪の事態を想定することは減災の第一歩だ」とも書いてあった。
これもその通りだと思う。

しかし、その新聞社は脱原発にはかなり慎重的で、原発は要・不要の議論ではなく現実的な(つまりは経済的な)視点から考えなければならない、という姿勢を現在までとっている。
これも一見正しいように聞こえるが、個人的には原発の要・不要について今議論せずしていつ議論するのかと思ってしまう。
また、経済よりも人の命だろうとも思う。

そもそも、「最悪の事態を想定することは減災の第一歩だ」というのであれば最悪の事態とは原発がぶっ飛ぶことであり、放射能がばらまかれることであり、ただでさえ人が住める領域が限られている地球上に人はおろか動物さえも立ち入ることのできない領域を作りだすことである。そうした事態を想定すれば経済云々などを言っている場合ではなくなる。原発はできるだけ早くなくさなければならない。

今回の社説は、記事を書いた記者が論調を一切変えない自身が勤める新聞社へ向けた小さな反論メッセージなのではないかと受け止めた。

「最悪の事態を想定することは減災の第一歩だ」

この一言から、僕はそう妄想した。
posted by パパ社労士 at 12:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする