2011年07月21日

だれもが活き活きと働ける職場を目指して

さて、自身が代表のNPO法人が主催している「東海ワークシェアリング研究会」がこのたびフォーラムを開催することになりました!!
ご都合のつく方は是非いらしてください!!

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NPO法人ビットル代表の横井です。
平成年より約2年間、企業の人事担当者の方に集まっていただき、東海ワーク
シェアリング研究会を開催してきましたが、この度その集大成というべき
フォーラムを開催します。
働き方が多様化してきた現代において、ワーク・ライフ・バランスの実現は企
業にとっても重要な課題だといわれております。
そして企業においてそれを実現可能にさせるのが、多様就業型のワークシェア
リングという考え方です。
このフォーラムでは、研究会の総括とその場において交わされた参加企業のみ
なさまによるディスカッションを行います。
このフォーラムに参加していただくことで、各企業におけるワーク・ライフ・
バランス施策のヒントを得ていただけるのではないかと思っております。
人事担当者の方はもちろん、ワーク・ライフ・バランス等に関心をお持ちの方
の参加をお待ちしております。

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【タイトル】
 だれもが活き活きと働ける職場を目指して
 〜多様就業型ワークシェアリングを考える〜
 http://bitl.biz/?p=17

【主催】
 特定非営利活動法人BitL(ビットル)

【後援】
 愛知労働局、愛知県、名古屋市、愛知県商工会議所連合会

【開催日時】
 平成23年9月15日(木)14時〜16時

【開催会場】
 ウインクあいち(愛知県産業労働センター 1103会議室)

【対象者】
 人事担当者及びワーク・ライフ・バランスに関心のある方

【参加料】
 無料

【参加申し込み方法】
メール又はファックスで、会社名、会社所在地、参加者氏名、電話番号、メール
アドレスを下記までご連絡願います。
E-mail bitl@optstyle.com
ファックス 052-768-3553

たくさんの方のご参加をお待ちしております!!
posted by おすし at 16:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

文明の発展と危険性

池澤夏樹の言葉を借りれば、人間は文明を手に入れて進化してきた。
生物の進化には気が遠くなるほどの年月がかかったが、人間は文明を手に入れて進化のスピードを早めたというのだ。
なるほどと思う。

そして、その文明の発展には常に危険が付きものだ。
まず、人間は火を操るようになったが、完全に制御することは現代の技術でもできていない。
日々の生活の中でスイッチを入れれば簡単に火が使える状況にあるものの、一旦火が暴走を始めれば人の住まいなど簡単に燃えてなくなってしまう。
時には山ひとつ燃やしてしまうこともある。
車社会を見てもそうだ。
車の発明によって移動時間は短縮されて世界は狭くなった。
しかし、人間一人が持っている潜在能力をはるかに超える車の移動速度は、人間を簡単にはじき飛ばし殺すことができるスピードでもある。
インターネットの普及にも危険が伴っている。
情報を高速でやりとりできその情報を誰もが保存できる結果、一度発信された情報は永久に世の中に残る。
人間の言葉の性格を表すものに「言霊」という考え方がある。
言葉はいったん自分の口から発せられると自分の望むと望まないとに関わらず独り歩きしてしまう、という意味だ。
その点、インターネットでの発信も同じことがいえるが、デジタルの世界では忘れられるということがない。
発信されたものはなんであろうと一瞬で世界を一周する。
前言撤回はできない。

そう考えると、文明の発展とは進化の速度を早めることであり、ミクロに考えれば一人の人生の速度を早めることと同義に思えてくる。
ジェットコースターのようなめまぐるしいほどの、スピード感。
常に誰かに「はやくはやく」と追い立てられているような気持ちになる。

それはさておき。
文明の進化は、つまり便利さは、常に危険と隣り合わせなのだ。
火事の危険性を飲みこんででも、人は火を使うことを選んだ。
車にひき殺され、はね殺す可能性があるにもかかわらず、車に乗り込む。
自分のパソコンから、自分や友人のパーソナルデータが漏れだす危険を承知でネット社会にダイブする。

危険性と利便性のバランスが取れていると我々が認識できたとき、我々はそれらを許容してきた。
また許容するために、法が様々な制限を設ける。

では原発についてはどうか。
原発の危険性については、スリーマイルやチェルノブイリでの事故によって、いったん事故が起きると収拾が難しい(できない)ことは分かった(事故が起きる前からその危険性は分かっていた)。
だからこそそうした事故にならないよう、何重にもわたる安全機能を装備してきた。
そして、事故は絶対に起こらない、いや『重大な』事故『だけ』は起こらない、と信じてきた。

しかしだ。
火にしても、車にしても、インターネットにしても、様々なセーフティネットが張られているにも係わらず『重大な』事故は起きている。
どれだけ安全網を張り巡らせたとしても、絶対に重大な事故を起こさないことはできない。
それは、過去のあらゆる事故と言われるものを見れば明らかだ。
人は機械に挟まれて死に、橋は落ち、船は沈み、飛行機は落ち、空に穴は空く。

万に一つでも起こる可能性のある重大事故の危険を承知の上でその利便性を欲することができるか、これが文明の発展を受け入れるかどうかの条件だ。

福島で重大な事故は起きた。
『今後も』その重大な事故を起こしたときの危険性を飲みこんでいいものなのかどうか。
それを今考えなければならない。
そして国民一人ひとりが原発に対してなんらかの意思を表明すべきだ。

僕は、福島から帰ってきてからこんなことばかり考えている。
posted by おすし at 17:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

原発について

今回、福島へ初めて行った。
主たる目的は、南相馬市の鹿島小学校で絵本ライブを行い子どもたちを笑わせること。
しかし、自身にとってもうひとつ重要な目的があった。
それは、放射能による被害とは一体どういうものなのかをこの目で見るということ。
これは単なる興味本位ではないということを付け加えておきたい。
原発に対するある答えのようなものを個人個人が持たなければいけない、そしてそれを判断するには現地に行かなければならない、そう考えたのだ。

僕は、どちらかといえば科学少年だった。
理科や数学が得意で、科学の進歩を純粋に喜んでいた。
宇宙開発はどんどん進んで欲しいし、自分が死ぬまでに人は地球外の星にどこまで行けるのか見届けたいくらいだ。
原発に対しても今回の事故の様子がある程度明らかになってくるまでは、格別反対だと思ったことなどなかった。
むしろ原発という科学と工学の産物は、さらなる技術革新のために必要不可欠なものだとまで思っていた。

しかし、今回の事故はあまりにも大きすぎた。
いくつもの町や村が死んだように静まりかえる。
マスコミに目をやれば、原発に対してあまりにもたくさんの情報が錯綜する。
原発は危険なのか安全なのか。
それを判断するにはあまりにも材料が多すぎる。
だから、そうした放射線による被害を受けている地域へ行ってその様子をこの目で見て、その上で原発に対してイエスかノーか判断したいと思ったのだ。

そもそもこういう問題については、考えないのが一番楽だ。
「原発が持っている危険性を飲みこんででも必要なエネルギー源なのかどうか、はたまた本当に安全なのかどうか。こういう問題はいろいろな要素が絡みあってたいそう複雑になっているから、自分には是非を判断することはできない」
こう言ってしまうのはとても簡単だ。
しかし、これは誰も支持できる候補者がいない、と言って選挙に行かないのと同じだ。
誰かに自分や自分の家族の運命をゆだねるに等しいはずのとても重大な責任転嫁なのに、問題が大きいとついこうした判断をしたくなる。
政府や電力会社が言っていることを信じた方が楽だし、専門知識のない自分よりよっぽど信頼できそうだ。
しかし、政府にしても電力会社にしてもどこかの方向に話の流れを持っていきたい以上、自分たちにとって不都合な事情を話すことはない。
冷静にかんがえれば当たり前のことなのだ。
絶対に安全だと言ってくれなければ、誰も原発を容認しない。
危険もないし発電効率も高いし環境にもやさしい、そう言わなければ原発を建設することはできない。
今思えば原発に対して考えることをやめていたように思う。
この点、ただただ反省するしかない。

南相馬市の鹿島小学校。
4つの小学校と1つの中学校が集まっている。
教室を半分に区切って2クラスにしたり、体育館をパーテーションで区切って教室代わりにしたりしている。
エアコンはない。
放射線の影響を考えると窓はできる限り開けたくない。
高学年や職員室の窓は開けていたが、低学年のクラスなどではできる限り窓を開けないようにしていたようだった。
1年生のクラスで絵本ライブをやらせてもらったときもみんな汗だくだった。
校庭には仮校舎が建っていたが、なぜか校庭の表面よりも線量が高く、現在においては使用されていなかった。
当然、校庭において遊ぶことはできない。
校舎内に比べれば圧倒的に線量が高いからだ。

絵本ライブ自体は大成功だった。
子どもたちが見たことないような、くだらない、バカげた話ばかり読んだ。
みんな本当に大笑いした。
中には僕たちにサインを求めてくる子なんかもいてビックリした。
ただ、そのばか笑いする子どもたちを見て本当に嬉しかったのだが、ひょっとしたらばか笑いしてはいけないという雰囲気を子どもながらに感じていたのではないかと思ったりもした。
それぐらい、よく笑ってくれた。

帰り道では、飯館村を通った。
計画的避難区域となっているこの村を通過するとき目に入ってきたのは、荒れた田んぼだった。
そして人は本当にまれに見かけるくらいで、まずいない。
生命の息吹を感じるはずのこの季節に、全く逆の、まるで冬に向かうような雰囲気を感じた。
こうした放射線という目に見えないものが降り注ぎいつ自宅へ帰ることができるのかも分からないこの村に生まれた人たちは、いま何を頼りに未来への希望を抱いたらいいんだろう。
生きる力は心の底から湧きあがってくるか。

考えることはたくさんある。
素人に理解できない部分も多々ある。
しかし、原発事故の被害にあった町や村をこの目でみてきた。
そこに住む人たちの声も少しは聞いた。
原発が機械仕掛けであり、システムであり、人間が操作するものであり、自然の猛威にさらされるものである以上、事故を100%なくすことは不可能だ。
そしてひとたび事故が起きれば、収集のつかないものであることも今回の事故で十分分かった。
臭いものに蓋ができない代物だったのだ。

原発はノーだ。

原発はいらない。
これは一時の感傷なんかではない。
煮ても焼いても食えず、自然に還ることのない永遠のゴミを子どもたちに残すわけにはいかない。
そんなゴミを子どもに残すなんて愛がなさすぎる。
愛のない行動はしたくない。

地球に、原発はいらない。
僕は、そう結論づける。
posted by おすし at 17:24| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月28日

成長、成長!

次男も生まれて6か月以上が経ち、めきめき成長しています。
最近では腹ばいで行きたい所へ移動するようになりました。

こうなってくると気が気でないのが長男のほう。
カルタ遊びをやっていても、次男が気になってカルタを取りにきちゃうもんだから「あー、だめだめー」とか言って取り合いっこをしています。
取られた次男はまだ意味が分かっていないのか、泣いたり泣かなかったりしていますが、そういう光景をみて、これが兄弟なのねー、なんて新鮮な気持ちで見ています。

長男の成長もこれまた著しくって、最近顕著なのが絵。
ペンギンみたいなものを4匹描いて、「これがおとうさんでー、こっちがおかあさん。これはぼくで、これはナギ(次男の名前)」なんて家族に見立てたり、好きなものや見たことのあるものならなんでも描くようになりました。
色なんかもたくさん使うようになって色彩豊かで、絵として見られるんですよ(単なる親バカかしら!?)。
しかし、最近ボディペインティングがマイブームらしく、手やおなかはおろか自分の大事なところにまで落書きする始末。
まあ、半分ぼくが教えたようなもんですが・・・(笑)。

落書きって、本当に楽しいんだよな〜。

そうそう、以前パパスイッチでこんな記事を書きました。
・『壁に落書きしちゃえ〜!』
http://papaswitch.nifty.com/blog/2010/07/post-a2fc.html

最近やってないから久しぶりにやろうかな。

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昨日の晩ごはんは、なすと挽肉のみそ炒め、あさりの酒蒸し、油揚げとたまねぎのみそ汁。
なす〜炒めは、長男の大好物なんですよね〜。
独り占めして食べようとする様は作った者としては最高に嬉しい!!
posted by おすし at 05:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

再び被災地へ

先週の火曜日から木曜日まで、ファザーリングジャパンのメンバーで岩手県の被災地へ行ってきました。
行くのは4月に引き続き二回目。
初めて行ったときは、現地とのパイプ作りというのが主たる目的でしたが、今回は絵本の読み聞かせと現地の中学生や高校生たちのキャリア支援を目的に行ってきました。

絵本読みで伺ったのは、保育所2園と、学童1か所。
どこも我々の訪問を心待ちにしてくれていたようで、熱烈な歓迎を受けました。
特にゴールデンウィークにも訪問している田中パパは、「あ、この前来た人だー!」と子どもたちにも覚えてもらっていたようで、本当に印象に残るパフォーマンスをしたんだなあと感心しました。
パパ達が絵本を読むとどうしても「うんこネタ」に走ってしまい、子どもたちは大爆笑、先生たちは苦笑いでしたが、とても楽しい時間を過ごすことができました。
そしてどこの場所でも、「またくるねー」と約束をして帰ってきました。
絶対に、また行きます。
だって、大人が約束を破るわけにはいかないもの。

そしてとある高校の校長先生には「我々の考えている支援が受け入れられるかどうか」また「どういった支援を望まれるか」などを聞きに行ってきました。
高校先生曰く、やはりとにもかくにも就職先がない、就職先を開拓してもらえると大変助かる、とのこと。
全国的に学生が就職に苦労しているなか、被災地ではそれに輪をかけて苦労しているようです。
先生たちも関東圏に出かけて企業訪問など大変苦労している様子でした。
社会保険労務士というネットワークをいかして、企業と現地の高校や大学をつなげるようなことができないか、考えようと思っています。
また我々ファザーリングジャパンは、就職先という直接的な支援ではなく、生きる力を育てる支援ができないかということを提案しました。
ファザーリングジャパンは200名を超えるメンバーがおり、それぞれ様々な職業に就いているので出前授業などについてはあらゆるジャンルで対応ができます。
また、現地で新たな産業をおこすのに学生の柔軟な発想を取り組むことも重要ではないかと提案しています(ファザーリングジャパンとしては、そうした場合のマネジメント手法等を伝授する)。

個人的には、学校で国語算数理化社会の勉強をしただけの学生をいきなり社会に放り出すのではなく、社会で必要なスキルやたしなみを身につけてもらって就職活動や就職後に生かしてもらえれば企業にとっても有用だし、仮に就職できなくても簡単にへこたれない心が身に着くのでは、と思っています。
社会保険労務士を中心として学生たちに社会保障制度や労働法の基礎など伝えるNPO法人を立ち上げようとも現在考えています。

引き続き名古屋からできる支援とはなにか、考えたいと思います。

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昨日の晩ごはんは、あさりとエビとイカのトマトソースパスタ、残り物の冷凍ピザ、ニンジンサラダ、グリーンサラダ。
あさりは先日名古屋子連れ狼の会で行った潮干狩りのときのもの。
冷凍庫の半分があさりで埋まっています(笑)。
posted by おすし at 10:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

ハーフマラソンと恐竜博物館

日曜日、福井県大野市まで行ってハーフマラソン大会に参加してきました!
家族も応援という形で付いてきてくれたのですが、天気はあいにくの雨。
また少し寒かったので近くの図書館で僕のゴールを待つことにしました。

スタートを待ちながらストレッチをしていると雨はだんだん強さを増し、風もごうごう吹き出してまるで嵐のような状態になりました。
こんなコンディションで走るのはさぞ辛かろう、と普通の人は思うかもしれません。
が、しかし僕は雨の中を走るのは嫌いじゃないんですよね〜。
なんか、オレってめっちゃがんばってない?的な自己陶酔に浸れるのがいい!
僕はマラソンランナーのほとんどがそう思っていると思っています(笑)。
で、結果はというと1時間43分で、キロ5分という目標は達成。
ただ年内にはサブ4(フルマラソンを4時間以内で走る)を達成したいという気持ちがあるので、もう少しハーフを楽に走れるようにならないと厳しいかなという感想。
今回はキロ5分で走れたとはいえ、ちょっとしんどかった。

マラソン後は、家族で温泉に行き、そのあとは長男お楽しみの「恐竜博物館」へ。
ただお楽しみとは言っても、行く前から「恐竜は動かない?食べたりしない?」としつこく聞いてきていて、どうも少し恐い様子。
「大丈夫、骨しかないよ。恐竜はみんな死んじゃってるんだ」と諭して博物館に入ったところ、超リアルに動くティラノサウルスの模型が迎えてくれて、長男は僕の手を引っ張って逃げようとしてました(笑)。
ちなみに他にも泣く子が続出してました。

そして名古屋にもどって近所の焼肉屋で誕生日パーティー。
そう、この日は僕の誕生日だったのです。
妻からのプレゼントは万年筆。
すごく欲しかったんだよね〜。
妻、サンキュー!

いやあ、充実した誕生日だった!!
posted by おすし at 12:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月16日

成長していたのだった

被災地のレポートを書いている間に、実は息子たちはかなりの成長を見せていました。

まず、次男は寝返りをうてるようになりました。
はじめての寝返りは相当苦労しながらしている風だったのに、今では簡単にころりとひっくり返ります。
あー、長男のときもこうだったなあと思い出させられます。

そして長男もめきめきと体力をつけてきました。
公園にあるターザンロープに一人でしがみついて滑空できるようになり、今日なんて保育園まで走って行くほどに。
まあ、保育園まで700メートルちょっとなので大した距離ではありませんが、走ることが好きなようで「おとーさん、きょうはよーいどんでいこう!」なんて誘ってきて、うれしく思います。

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昨日の晩ごはんは、実家でお好み焼き。
実家のホットプレートはかなり年季が入っており、鉄板に油がなじんでかなりいい感じになっています。
posted by おすし at 14:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

被災地へ行く-9

棒田さんを一人残し、我々(安藤、田中、横井)は花巻へ。

※ちなみに棒田さんも詳細なレポートをブログにアップしている。
 http://yuchanroom.blog68.fc2.com/blog-entry-405.html

移動しながら避難所での様子を話し合う。
やらなければならないこと、やれること、それぞれたくさんありそうだ。
現地への直接的な支援もそうだし、周辺の観光地に行くことも支援になる。
やれることはできる限りしたい、そう思った。
また、重い雰囲気の中、安藤さんはiPodから様々なロックミュージックをかける。
本当によく知っていて、DJになれるんじゃないかと言うほどだった。
中でもリンゴスターが歌う「LOVE ME DO」は、気の抜けたコーラみたいにぼんやりしていて三人みんな笑った。

花巻の支援物資倉庫に着くと、散らかしっぱなしだった本の整理を始める。
今度は三人だからあっという間に終わった。
元書店員の安藤さんはポップまで書いていた。
整理された本があれば、移動図書館ができる。
本に触れることで、疲れた心が少しでも癒されるといいのだけど。

ゆいっこの葛巻さんに別れを言って、今度は盛岡駅へ向かう。
20時までにレンタカーを返さなければならない。
盛岡に到着し、レンタカーを返却する手続きを済ますと、わんこそばの店へ向かった。

店内に入ると、客は数人ほど。
お店の人に聞くとやはり震災後の客足は鈍いようだ。
ビールを飲みながら反省会をする。
安藤さんが「反省しなきゃいけないことなんてやってないんだから、反省会じゃないよな」という。
じゃあ何会なんだ?省みて次にいかすのであれば反省会なんじゃない?なんてやりとりをする。

わんこそばが運ばれてくると、もう我々は笑いながら食べ続けるしかなかった。
蓋は、店員さんが見ている前で閉めなければ「ごちそうさま」ができない。
安藤さんは早々と蓋を閉める。
田中さんと僕はあれこれ言いながら食べ続ける。
田中さんも隙を見て、とっさに蓋を閉める。
ただ蓋を閉めることができたとしても、そばが一本でも残っていれば「ごちそうさま」にならない。
店員さんが蓋を開けてチェックをする。
残ってないですね、店員さんがそういうと僕と店員さんの一対一になる。
こうなると、蓋を閉める隙がない。
そしてなんとか隙をついて蓋を閉めた。
チェック。
そばは一本も残っていない。
しかし、約1ミリのそばの切れ端が残っていた。
「あ、これはダメですね、はい」と言っておかわりが入れられる。
結局、107杯食べてしまった。
大いに笑って楽しかった。おいしかった。

正直、こんな能天気なことをしていていいのか、そういう想いは何度も頭をよぎった。
被災地、避難所の様子、そしてそれを支援するゆいっこのメンバー。
世間は自粛ムード一色だ。
でも観光地には客がいない。ここ、わんこそば店も同様だ。
考える。
必要以上の自粛になっているんじゃないか。
自粛が「笑ってはいけない」になっているんじゃないか。
生きている我々は、それでも笑ってこの世の中に元気を取り戻さなければいけないのではないか。

いろいろ考えてみるが、答えは出ない。
被災した人にしかその本当の痛みは分からない。
また明日は我が身、同じ人間としてその痛みを想像してみることはできる。
蚊帳の外のような、内のような中で、何ができるか。
幸いにして、時間はあるのだ。
考えて、行動して、考える。
それしかないな、そう思った。

わんこそば店を出てもまだ帰りの深夜バスの時間まで少しある。
居酒屋に行き、また話をする。
いい具合に酔っぱらって、どんな話をしていたのかもう忘れてしまった。

深夜バスに乗ったら、あっという間に眠りについた。
寝てしまえば東京なんてすぐだ。

全然眠れなかった行きのバスのときとは違う僕だ。
何しに行くのかすらよく分からなかったただ悶々としているだけの僕じゃない。

やれることをやれるだけやればいい。
それが結果として良かったか悪かったかなんて、そのときまた考えればいいのだ。

被災地へ行って学んだことはたくさんあった。
できれば今度は家族で観光に行きたいと思う。
posted by おすし at 07:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

被災地へ行く-8

初日に見たあの風景があらわれる。
いたずらに積み上がる車、船、家。
津波の脅威を本当に思い知らされる。

しばらくするとバスが止まる。
避難所まではバスで上がっていけないらしい。
ここから徒歩で少し高台にある避難所となっている安渡小学校へ向かう。
バスから降りると悪臭が鼻をつく。
海の匂いとヘドロの匂い。
ひょっとすると、腐った食べ物の匂いも交じっていたのかもしれない。
これからの季節は気温も上がっていくし、それに連れてこの悪臭も程度を増していくだろう。
そんなことを思う。

がれきを分けて作られた坂道を登る。
この道を作るのだけでも相当苦労しただろう。
登っているとふと気付く。
ある地点から突然がれきがなくなるのだ。
壁に残る跡から水がそこまで来たことは分かるが、建物が破壊されるほどではない地点。
津波の破壊力の及んだ場所とそうでない場所というのは、ほんの数メートルの違いだった。
途中、避難所から温泉へ向かう人たちとすれ違う。
ゆいっこのバスで避難所の方たちを温泉へ連れていくのだ。
みんな懸命に笑って「いってきます」と言ってくれる。

安渡小学校に着いて、炊き出しのための物資が到着するのを待つ。
校庭では火を焚いており、その周りに男たちが集まる。
校舎のいたるところに洗濯物をみかける。
しばらくすると物資が届き、みんなで手分けして調理室へ運ぶ。
そして炊き出しの準備に掛かる。
昼は、すき焼き丼を作るそうだ。
みんなで手分けして、具材を切る。
ボランティアは総勢20名くらいはいただろうか、あっという間に食材は切り終わりあとは鍋で煮るだけになる。
そこまでやると、僕らは子どもの遊び場を見せてもらう。
校庭に作られた簡易テントの中がそれになっている。
本やおもちゃはあったが、やはり積まれたままになっていた。
しばらくすると子どもたちがやってきたので絵本を読む。
田中さんは「おかあさんのパンツ」で子どもたちの笑顔を見事に引き出していた。
しばらく絵本を読んでいたが、子どもたちも飽きてきて僕たちは本を整理することにした。
いたずらに平積みされた本を人はそうそう手にしない。
段ボールで簡易本棚を作り、読み物と絵本とに分ける。
これで子どももママも本を取りやすくなっただろう。

途中、安藤さんも合流したので、子どもたちに絵本の読み聞かせをすることに。
校庭マイクで案内を流してもらう。
数人の子どもたちが集まってきたので、再び絵本を読む。
しかし、今日はとても天気がよくて子どもたちは体を動かしたそうだ。
また他のボランティアも来ていて、バルーンアートを披露していた。
今日のところは、子どもたちはそちらにおまかせして、僕たちは校舎の中へ。

校舎の中には、教室を利用した臨時の保育所があるのだが、その前にも段ボールの山が置いてあった。
ほとんどが絵本だ。
しかし、ほとんど手つかずの状態。
そこで、再び本を整理することにした。
今度は本もそれなりの量があるので、年齢も意識して本棚を作る。
読むに堪えない本は、本棚の下敷きにした。
また漫画も相当あり、これらも同様に本棚を作って整頓した。

そこまでやると、もう帰らなければならない時間になっていた。
花巻市の物資倉庫の本も整理しなければならないし、レンタカーの返却時間も気になる。
さあ帰ろうということになったときに、二児のママでもある棒田さんが言った。

「わたし、ここにもう少し残ります」

それは、避難所のママたちの声をもっと聞きたい、その想いからのようだった。
posted by おすし at 06:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

被災地へ行く-7

21時30分。
ホテルのレストランで食事を摂りながら、棒田さんに今までの様子を話す。
ゆいっこの動き、物資倉庫の様子、避難所の状況。
また棒田さんは岩手に着いてから独自のネットワークでいろいろとコンタクトを取っていたらしい。
棒田さんに会うのは実は“ほぼ”初めてだった。
まともに会話するのは間違いなく初めてだ。
ファザーリングジャパンのメーリングリストで名前を拝見するたびに、力溢れる人なんだろうなあと思っていたのだが、話してみると全く持ってそのとおりだった。
言葉はハキハキ、動きも早く思い立ったら吉日と言わんばかりだ。
明日ゆいっこに同行させてもらって大槌町の安渡小学校避難所へ行くのだが、そこで棒田さんの行動力を思い知らされることになるのだった。
食事を終えて男部屋で合流し、話の続きをする。
なかなか話は尽きず、結局深夜2時近くまで及んだ。
翌朝は5時起きだというのに…。

朝はなんとか起きられたものの、いろいろとバタバタしてしまいゆいっこのボランティア集合場所には少し遅刻してしまった。
しかしバスはまだ来ておらず、少し待つことに。
待っている間にあることを思い出した。
昼食持参。
途中のコンビニで購入してくるのを忘れてしまったのだ。
大槌町までの道程で途中道の駅に寄るらしいのでそこで買おう。
しばらくするとゆいっこが貸し切ったバスが到着。
ゆいっことファザーリングジャパンのメンバーが円陣を組んでみなで掛け声をあげる。
そしてバスに乗り込む。

バスの中では自己紹介をした。
今回初めてボランティアに参加するという方もいて、毎回これだけのボランティアが集まるのはすごいなと思った。
自身の番、名古屋からきました、というとみんなが少しどよめく。
そんな遠くから来る人もあまりいないのかもしれない。
僕だって、たまたま時間が作れたから来たのであって、やはり仕事が忙しい時期なんかは来れなかったわけで。
ただ、岩手まで来た理由について「絵本を通じて、子どもたちの笑顔を取り戻したい」なんてかっこいいことを言ってしまった。
そもそも、絵本の読み聞かせはいろいろなところでやらせていただいているものの、絵本に対してなにか特別な能力があるわけでもない。
あるのは絵本に対する愛着だけだ。
僕らが本を読んであげることで、子どもたちが一瞬でもくすりと笑ってくれたらと思う。

自己紹介が一通り済むと、僕は目を閉じた。
帰りは、自分たちの運転で帰ることになる。
この睡眠不足ではとても運転できないだろうと思ったのだ。
しかし、なかなか寝付けない。
大槌町は被害が甚大な地域だ。
初日に見た、あの荒野のような風景をまた見なければならない。
そのすぐ傍にある避難所に暮らす人たちになんて声をかければいいんだろう。
そう思うと眠れない。

道の駅に着く。
昼食を買おうと思い、バスを出るがなんと店が開いていない。
時間が早すぎたのだろうか。
昼食を食べそびれることは普段からよくあるのでそれほど苦にならないが、安藤さんが後から安渡小学校で合流する予定だったのでおにぎりを買ってきてくれるよう、電話でお願いをした。
安藤さんもすごくバイタリティのある人だ。
二日目まで一緒に行動をして、それから一旦広島に行ってまた合流するのだから。

バスに戻ると、また再び目を閉じる。
寝なければならない、そう思えば思うほど眠れない。
ぼんやりとした頭になった頃、バスがひどく揺れる。
目を開けて窓から外を見ると、辺り一面がれきの山だった。
posted by おすし at 07:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする